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これからの日本社会に必要なのは『ジェイチーニョ』かもしれない

   


ブラジル流「なんとかなる」─ “ジェイチーニョ” という考え方

どんな困難に直面しても、必ず解決方法がある。

ブラジルには「ジェイチーニョ」という言葉がある。直訳すると「小さな方法」だが、「ブラジル流に解決する」と訳すのが適切かもしれない。

ブラジル・ポルトガル語のジェイチーニョ(Jeitinho)。
一見困難な道でも、必ず乗り越える方法がある。そんな考え方。

「ジェイチーニョ」とは「やり方、方法」という意味のポルトガル語「ジェイト」に「小ささ、親愛の情」を表す語尾「イーニョ」がついたもの。

Jeito(やり方、方法)を可愛らしく表現してしまったのが「Jeitinho」。

なにか問題があるとき、多少ルールや法律に触れても、うまく納めてしまう“正攻法でない”解決策のこと

言葉を換えれば「臨機応変」と言えるかもしれません。

ブラジル人は困難に行き当たったとき、ジェイチーニョ(臨機応変な解決策)を発揮して抜け道を探りだす。

ブラジルの国民の根底にある考え方です。

ブラジル人の処世術「ジェイチーニョ」から、わたしたち日本人も学ぶことがあるかもしれません。

ブラジルの国民性を一番よく表わしているものは、”jeitinho brasileiro(ジェイチーニョ・ブラジレイロ。ブラジル人特有の処世術)”ではないかと思います。日本的感覚ではまず無理と諦めてしまうような状況・障害をヒラリと乗り越えてしまう、または無理が通ってしまう処世術です。

日本人の多くがもつ順法精神や几帳面さからみればブラジル人はずるいとか規則にルーズと見えることも少なくないが、ジェイチーニョこそブラジルらしさであり、ブラジルで生活していくために欠かせない流儀で、いわばブラジル人のアイデンティティにもなっているという。

ブラジル人が楽天的に見えるのは、ジェイチーニョ文化があるからなのかも。

どんな困難なことにも、解決方法はある

ジェイチーニョ。
この言葉は、良い意味でも悪い意味でも使われる。

例えば、軍事独裁政権下(1964-1985)にありながら、厳しい検閲に対して歌手たちがプロテストソングの歌詞を通じて隠喩的に軍事政権モノ申す知的な技であったり、ブラジルの格闘技であるカポエイラは、黒人奴隷が看守の目を盗んで手かせをつけたまま修練した格闘技で、看守に手が出せない分基本的に防御の技であるのに同時に攻撃する技であったり、また縁故社会や友達社会が色濃いので、友達というだけで不可能が可能になってしまったりと日本ではまず有り得ないことが、ブラジルだと有り得てしまう

ブラジル人は常に明るく前向きで、やさしいので、相手におしつけがましいことは言わないし、解決するのが難しいことも、「できない」と否定的に言ったり考えたりはしない。

ブラジル人がよく言う言葉に「Dar Um Jeito(なんとかするよ)」というものがあります。

ブラジル12都市で開催されたW杯は、懸念されていた数々の準備不足も、ブラジルで頻繁に使われる言葉“Jeitinho Brasileiro”(ジェイチーニョ・ブラジレイロ、先進国では通用しないブラジル流その場凌ぎで問題を解決する方法)が本領を発揮した結果、事なきを得た。

ブラジルで開催された2014年のFIFAワールドカップも、施設の準備不足など散々言われていましたが、「ダメならダメでジェイチーニョで解決」が随所で炸裂。ブラジルらしさを垣間見た大会になりました。

だから、ポルトガル語では「しょうがない」を意味するような言葉は見られない。ブラジルではどんなことにも必ず"Jeitinho(解決法)"が用意されているのだ。

否定し、諦めたらそこで試合終了です。
ワールドカップを5度制したブラジルのサッカーの強さも、ジェイチーニョの考え方があるからと言われています。

そうした「融通」は日本でも利く場合がある。ただ本邦ではこの種の対応はあくまでも「例外措置」であるのに対し、ブラジルではジェイチーニョの名の下、堂々と社会的に認知され、「ブラジル人の才能」と称賛までされる点が大きく違う。

大切なのはルールに囚われない問題解決

規則や常識に心まで縛られていませんか?

ブラジルのことわざには「死ぬと言う事実は変えられないが、それ以外のことならば必ず何らかのなす術(すべ)がある」というものがあります。

これは良い意味では「柔軟性と創造力を駆使して問題解決にあたる」ということになります。
しかし、悪い意味では「ルールや法には抜け道があり、それらをうまく生かすのが賢い生き方である」ということになってしまうわけです。

ジェイチーニョには良い面も悪い面もあり、たとえばこれが警察や政治の世界では腐敗の原因にもなってしまっています。

「ノー」と言われてからでも、別の手段(ジェイチーニョ)を考えて実行すると、割とそれが通ったりする。もちろん相手にとっても得になるように考えなくてはならないけど。

急ぎの用があるのにコピー機には行列が…。そんな時、先頭の人と交渉して順番を譲ってもらうなど、決まりごとに多少反しても、臨機応変に対応し、ちゃっかりと目的を遂げるのがブラジル流“ジェイチーニョ”

例えば組織などが問題を抱えて八方塞がりの状態で、「今回はジェイチーニョ・ブラジレイロで行きましょう」と言うときには、どんなことをしてでも成功するべく一致団結するそうだ。

ジェイチーニョは人生哲学

"Jeitinho"とは一般のブラジル人が何らかの恩恵や有利な立場が欲しい時、法律や社会規範の抜け道を探したりする時に用いるものだ。
そんなわけで、何か困難な状況に直面していたり、個人的な目的を守ったりする時に、この"Jeitinho Brasileiro"を使わないブラジル人はいないに等しい。

「秩序」の論理でしか行動できないと、ケース・バイ・ケースでの判断が鈍りがち。基軸は個々の人間である以上、判断基準はあくまでもその人の「都合」と「必要性」のはず。ブラジル人は明確な二極化を嫌い、両極間にグラデーションを置く。

ブラジル人は曖昧だという表現がよく使われます。

曖昧とは、日本人に対しても、よく使われる表現だが。意味合いとしては、逆のようだ。
ブラジル人は、エゴと平常心の間。中庸。
日本人は、不決定。スルー。

ガチガチに凝り固まった「秩序」の軸から重心をすっとずらし、タイミングを見計らって再び秩序に戻るしなやかさに、人間の息吹を見る。

既存のルールや伝統に従ってものづくりで世界をリード・繁栄を続けたはずの日本が20年以上停滞しています。それを打開するのに、単なる楽観主義や刹那主義でない深いリーダーシップ哲学を学んでゆくことが必要なのではないでしょうか?

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